2005年10月13日

式場相談所

面接ついでに某デパートへ行った。
バッグが欲しかったんだけど、全然見つからなかった。
(無収入なのに買い物ばかりするな。)

なんとなく、相談カウンターへ近寄りパンフを見てると、カウンターのベテラン女性が中年営業男性とおぼしき人と会話中なのをさえぎり私に話しかけた。
「○○ホテルのパンフご覧になってた(ホテルのは見てない)けど、ご予定はいつ?お昼休みか何か?お時間あればぜひお話させていただける?」
すごい早口で、営業男性も「では私はこれで」とか席を立たれたこともあり、私も圧倒されつつ「じゃぁちょっとだけ・・・」的な気分で座ってしまった。

「今の方は△△ホテルの方でね、新しいサービスの案内を持ってきてくれたところで・・・」
「そうなんですかー」
「いつごろ予定してるの?」
「ご希望は?」
「○月だったら前半?後半?平日?土日?六耀は気になさる?」

と屋告ぎ早に質問攻めにあいました。

たくさんの電話を処理しつつ、
「それならここか、そこか、どこかあそこ!」とパンフをずらりと並べて、
「ココは料理がおすすめ!そこはリニューアルしたてだしやはり人気で・・・」とか説明されて、
「ちょっと電話してみるわね」
『え?!なにを?』と思ったら
「何日だと式は何時が空いてる?宴会場は?何日だったら?」
と、それはもう目が回りそうな速さで空き状況を調べてくれた。
「(電話)ちょっとお待ちくださいね。(私に)この時間が空いてるけど、仮押さえしましょう!」
『ええ?!!』

私からは
「えぇ」
「まぁ」
「はぁ」
「そうですか」
といった発言程度でちゃくちゃくと進んでしまいました。

勉強になったのは、
仮押さえってタダで1週間(その都度延長可)くらいできるらしい。
中には10件〜20件くらい仮押さえしてる人もいるらしい。
仮押さえをキャンセルするのはエージェントを通しておくと楽らしい。

ということ。

よく分からないまま(流されて)仮押さえしてくれたんだけど、
「お下見されて決めたらいいから、今週は行ける?あっちとこっちの部屋も押さえとく?」
という話になって、ブライダルフェアの予約も入れてくれました。

いやいや、「1件15時から□□の予約入れてるんです」って言ったら、
予約確認と別件との時間調整もしてくれた。
しかし、その自分でネット予約した15時からの分が会場から入ってないと言われて、めちゃ焦ったのですが、私がPC宛てのメールをPHSに転送してあるのを見せたら
「予約されてる確認のメール来てる!」と言ってくれて助かった。

おばさま、仕事すげー早い。・・・圧倒された・・・orz
日曜日はフェア2件ハシゴ頑張ります(汗)


しかしスーツ着てデパートをうろつきながら「今は無職です」と答える私って、どう思われたのかすごく気になるわぁ。
posted by ゆ at 21:30| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

ブライダルフェアへ行ってきました。

ランチを食べに行ったら、模擬挙式やってるみたいだったことはあるけれど、本気で行ったのは初めてです。

でも、そこに決めるっていうんではなくて、参考にまず数箇所は一般的な見積もりをもらってみようと思って行きました。

かなり面白かった。

でも、
模擬挙式見るつもりで行ったんだけどなぁ。
おかしいなぁ。
「見積もり出してきますので、着物の写真(カタログみたいな)見ながらお待ちください」
と言われている間に、模擬挙式の開始時間が過ぎていた。

式場1箇所と、披露宴会場をいくつか見せてもらった。
ドレス試着させてもらった。
彼もタキシードの試着させてもらった。
その写真を撮ってもらい、印刷してもらった。(試着した人にサービス)

サービスだからサービスサイズ(L版)だけど、ご挨拶と一緒にちょっとした台紙に貼り付けてくれていてうれしい。
前髪や顔(メイク)はそのままだけど、それっぽい。

ドレス、本当は選べたみたいだけど、係りの人が良い感じのベテランさんで、サイズ言ったら
「これか・・・これか、これかなぁ。今日全部は出てないから試着できる数は少ないんですけれどね。最初のキラキラしたやつがいいかなぁ。それにしない?(ニコニコ)」
と言われて、ウエディングドレスなんて百貨店の中古激安セールを見たことくらいしかないし、クローゼットは真っ白けでどう違うのかなんかさっぱり分からないから、
「プロのおっしゃるとおりに(笑)」
と言って着させてもらった。
「私が選んじゃったわね、うふふ」
と笑ってた。
髪の毛もせっかく造花つけてもらったんだけど、ベールつけたら写真じゃわかんないの。
だったらティアラかクラウンにしてもらえばよかったなぁ。

試着室出てきたら、
「手袋って持ってるだけなんですか」
と、彼の声がして、振り向くとタキシード着てる。
指差してあはは!と笑ってしまったよ。

靴履いて、頭の飾り付けて貰って隣の写真室に移動して。
係の人が斜め後ろでドレスのスソ持ってくれながら歩いたり。
「ちょっと蹴るように(歩いて)ね」
と言われたそばからスソ踏んだり。
ほんと3〜5メートルなのに。
おもしろかった。
雰囲気というか、気分が。

写真撮ってもらうときも、私たちが固すぎたらしく
「本番じゃないんだからもっとリラックス、リラックス〜」
って言われたり。
2009.JPG
ほんのり半袖焼けが気になる私の腕。

入れ替わり立ち代りで、試着してたカップルは数組居ました。
パッと見でも皆ちゃんと花嫁っぽい。

撮ってくれるとは言わないまでも、持参したカメラで撮らせてくれる所にあちこち行ってみたいなぁ〜。


最後、
「今なら、良い日が空いてますよ」と何度も言われたけれど、
「今日は、このまま帰ります(笑)」と言って、出てきました。

だって、ちょっと一般的じゃない希望があるのよね。
一般的ではないけど、突飛じゃないよ。
比較的少人数派かなって方法。

でも、リゾート身内挙式も捨てがたいよねぇ。


そうそう。行ってきた話は、帰ってきてから母にしました。
言い出すまではどうしようかと思いましたが、話始めてみると普通でした。
というか、想像以上に和気藹々と普通に話しました。
「自分の時はこうだったよ。着物は安かったけど写真はいいよ」とか言ってました。
親の式と披露宴は、写真がいっぱいあるのでうらやましく、この前も私一人で見てたんですが、会社の知り合いのプロカメラマンに写真を撮って貰ったんだそうです。
そんな知り合いがいてうらやましい限り。
写真高いからねー。
カメラやりだしてなおのこと、自分で自分を撮ってみたいよね。(不可能)

しかし、母も父も若いっ。
だって、今の私より母は若いんだよ。22歳だもん。父の腹もペタンコだよ。(父は当時28)
かたや、現在私27(式する頃は28)、彼34。白髪もあります。
posted by ゆ at 23:06| 千葉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

指輪

何からはじめたらいいか良く分からないから、先日ゼクシィを買った。
でも、神社情報が全然無いのでネットサーフィンしまくり。

式決めたときに割引あったりするので、まだ購入は急がないものの、
どんなものがいいか、
予算はどのくらい見ればいいものか、
知るために数件アクセサリーショップへ行きましたよ。

といっても、映画ついででもあって、同じモールに入っているお店。
一応、元祖エンゲージリングのお店なので(だよね?)ティファニーにも行った。
残念ながら全然こだわりもあこがれも(お金も?(笑))私はティファニーに感じて無い("元祖"とかの言葉には弱い)ので、勉強のためにね。さらりとウエディング関係のカタログくれた。

あと見た2店は、世間では特にクリスマスに活躍してるかな?っていうお店ですが、そっちは「よかったら出しますよ〜」の一言で放って置かれました。意外とさらっと見れるもんだね。
ティファニーはケースの中の指輪が全部ライティングされて小さくてもダイヤが大変輝いて見えるのに対して、値段も全然違うけど、こっちの2店はケースに並んでるだけですごく見劣りした。
さすがティファニー。小さい店舗だけどよくわかりました。


フロアの違うもう1店(○○○ト)は、今のところグッと来てるマリッジリングのデザインがあって、二人とも嵌めてみました。シリーズで3種類あったんだけど、そのなかの一つが彼とも意見が一致したので最初の第一候補になりました。
ここのはエンゲージも良い感じ。

だけど、とにかく御徒町に一度行ってみる予定なのだ。
今のまま第一候補になりそうだったら、銀座じゃなくて今日の店で買おうと思いました。

いやいや、まだそんなことを決めるのは早いけど!


ペアリングは当然のことアクセサリーに全然興味が無い彼が、なんの抵抗もせずあっさり試着してるのがすごく不思議な感覚だったよ!!
自覚が出てきたのかねぇ〜
posted by ゆ at 22:38| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

私の番

彼の家に挨拶に行きました。

台風だったので、電車が止まれば延期しようと思っていたけど普通に。
乗り換えの千葉駅でお土産を買おうと思っていたら、お土産屋が崎陽軒のシューマイまで置いて千葉土産のスペースが小さくなっており、前回(一昨年)と同じものを買っていってしまった。
しかも指摘された。あああ!大失敗。
「前にもお菓子いただいたわね〜」程度だったけど。
やっぱり今度から前もって準備しなくては・・・
千葉土産にしようと思うとあまり選択肢ないしさ。(言い訳)

挨拶としては到着後幼少時代のアルバムを見せてもらってるうちに、
わざわざ床屋に行かれたおじ様が帰ってきて、
すぐに、食事が始まってしまいました。しかも、
「よろしくおねがいします」を2,3回言っただけで、おじ様おば様からは
「仲良くやってってもらえればいいから・・・」と言われたくらいで難なく済みました。

彼のうちにはネコがいるんだけど、お客さんがいるとすぐひざに乗ってくるらしく、しかも食卓にはお寿司だったので、わたしの中トロが狙われて慌てて食べました。

帰り、彼と一緒に家を出たんだけど、おばさんから彼に電話かかってきて、
私がジャケットを忘れたという連絡だった。

電話が来ても内容を聞くまで
「何か忘れ物でもしたかなぁ」とか言って、すっかり忘れてた。
おろしたてだったのに。
危ない危ない。

posted by ゆ at 21:48| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月22日

親の態度は・・・

なんとなくギクシャクした昨日。
今日は親と普通に話もしました。

夕食時には、母から結婚に前向きな発言が聞けちゃったりして。
「これからはご飯の準備、手伝いなよ。」
って。(-_-;)



えぇ。料理できないものですから・・・。

今までもたまに言われてたけど、テキトーに流してきたんだけれどね。
まぁたまーーーーーには手伝うよ?そりゃぁ・・・。

彼も私が今までろくに料理なんかしたことないのは知ってるんだけど。
この前母がずばり言うもんだから。
「この子、何にもしませんよ?」
って。

それに対した彼の返事。
「あ、はい。でも、"理論的には知ってる"そうですから、きっと・・・」

ええ。
理論は知ってる。

って、料理は理論じゃないから!
中学のころの調理実習で、先生の説明完璧聞いてたつもりでクリームシチューのタネをボソボソにした女ですから!


人には向き不向きってもんがあるのよ。
posted by ゆ at 21:23| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

親のことは嫌いかもね。

「一両日中に」
と昨日父は言ったので、今日彼に電話。
直前に、こう言うつもりだからと話された。

今日は一日家にいたけど、母ともほとんど口を利いていない。
昨日「口が悪すぎる。」と言ったから、私にしゃべりたくなかったみたい。

「了承するしないではなくて、二人のなかではその(結婚する)つもりでここまできたのはわかっているけれど、これから結婚前提として私たち(私の両親)とも付き合って欲しい。二人だけで話して二人だけで出かけるだけじゃなく、昨日のように家に来て欲しい。外でもいいけれど。食事や酒や話をして君の事をよく知りたいんだ。」
と父は電話で彼に言った。

彼は、
「はい。わかりました。」
と返事をしたらしい。他に言いようが無いしな。

たしかに、そんなにおかしな事を言ってるとは思わないけれど。
めちゃくちゃメンドクサイこと言ってるし、正直彼も対応に困っている。
ウチの父は自分が仕事・会社人間だったため、よその男性と話すとなると仕事の話ばかり。
話をしに来いと言われて、「まだ他になんの話が?」と困惑もするはずだ。
なにしろ、ウチは絶対他人がくつろげる家庭じゃないのだ。
(そこのところ両親は気づいていない)

私たちは、結婚への道筋を公に検討しはじめます。決めてゆきますと宣言しに来たのに、「了承するしないではなくて」

いまさら"了承するしないではなく結婚前提のつきあいで、家に来い"と言われたら、前向きなコメントだと誰か思う?
"了承するしないではなく"が絶対よけい。

そういう風に指摘するといつもこう言う。
「お前は言葉尻ばかりつかまえてケンカ腰でなんだ!」

『君を良く知らないからやっぱりOKはまだ出せない。』
と言われてるように受け取ったって誰も不思議じゃないと思うが。

親に知りたくないというオーラを散々出されて、「今まで話してくれなかった」と言われたことは、私としては簡単にゆずれることではない。
普通は気になるならほどほどに『今度連れてきたら?』とか言うものじゃないのか?
聞きたいのかとわかれば、積極的に話すこともし易いが、ウチの親の態度はどうだったのか?それで「"考えて出した結論だろうけど"の、"考えた"途中経過を何も聞いてない。言ってくれなかった。」というはどうか。私が非難されることなのか?

「本人(私)の視野、考え方は信じている」
「考えぬいて出した結論だろうと思う」
「本人の決意を尊重する」

とまで言って、
「途中経過で悩みを聞いていないから、安心できない」
というのは矛盾だろう?
「矛盾してる。結局は私を信じてなどいないね?」
と聞くと、
「そうは言ってない。」
話が進まないのだ。いつもこうなのだ。

「今までは話してもらってないしこちら(親)の知ろうという姿勢も足りなかったかもしれないが、だから、これから知るために会いに来て欲しいと言ってるんだ!済んだことはいいじゃないか!」
と言うんだけど、向こうに非があるのに"聞きたくない態度"を"知ろうとする姿勢"に言い換えられたうえ、普段から父には多々見受けられる『もう済んだこと』とチャラにする言い方が、私にはどうしても気に入らないのだ。

こういう時、母は黙っているから、
「どう思うの?」と聞くと、父が「同じ意見だよ」と言う。
常日頃あんなに母は父と違うことを言っているのに。
親としては子供に対して統一見解の立場で居るのはすばらしいかもしれないけど、こちらとしては不審に思うだけ。

世間でいうところの、"母だけは味方"とか、"父だけは味方"とか。
母から父をなだめてもらうなんてことは、我が家には無い。
母がごねれば、言い方を変えて父もごねる。
理論派のふりしてるけどそうじゃない。




反対してるわけじゃないと言われても。
頭いたい。お腹痛い。毛が抜けそう。
自分の親だけど、親との調整なんてしたくない。
駆け落ち同然って、その時は楽なんじゃないかと思えてきた。

どうせ後々ではなるべく頼りたくないんだ。
"なるべく〜したくない"と、"何があっても〜できない"の違いか。

3日連続同じ内容だ。
posted by ゆ at 23:59| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月19日

母の勝手さ(2)

激論の末、母の失言は私を手放したくないが故の発言だったことがわかった。

腹立ちがおさまったところで、荷が重過ぎるのだが。
わが子可愛さで理想の相手に求めるものが青天井なのだ。
いくつになっても大切に可愛がって育ててきたんだから!と(今のところ家庭内で)公言する親である。

親に嫌な思いをさせたり心配をかけないようにやってきたものの、
親の想定外になってしまうと、特に母は余裕が無くなる。
軽口のつもりでいろんなことを言ってくるので、こちらは凹む。
しかも軽口のつもりなので、すぐ忘れるから言った言わないの水掛けになるんだよね。
水掛け論になった場合、母は絶対認めないので、私と弟は退くけど。

父のあまりにもポジティブすぎる母の言葉についての意訳フォローも限界になったとき、
「聞き流せばいいじゃないか」
「そうはいかない!」
と繰り返し言いあいになって。
「だってしょうがないじゃない!離れたくないんだから!ワーン!!」(母)
ってもう勘弁してよ・・・。泣いてんのはこっちだよ!

10あることをすべて話すつもりは毛頭無いが、心配しすぎるから愚痴などは言えない。心配させるつもりもないことでも、ケチつける=心配することがあるから、愚痴ではなくとも余計なことは言えない。普段の生活はともかく、よっぽどのことでないと親には頼ってはいけない。
と、こっちは思っているのに、

自分の子達は自分で考えられるとわかっていても、親の目の届かない所でのことを話してくれない→知らないことが増えるのが不安で心配→口を出す。子供らは自分で考えているので聞き流す→相談してくれない。子供が離れて行くよ(泣)
という親の思い。

心配しすぎるのに、ヨソへは味方になってくれた実感がないから外へ訴えることに親は頼れない。自分で立ち向かわなきゃと思いすぎてここまでやってきた。だから相談することはほとんどない、と言えば、

「色々やってきたのに、子育て間違えたって言うのね」
「子供にわからなかったんだから、そうかも知れないね」
・・・・・・この会話は弟の就職でもめたときもやってるのだが。


ありがたいとは思っているけど、もう応えきれないんだと言ってしまった。
「困ってるなら助けたいのに言ってくれなきゃ始まらない」
と母は言うけど、
「嫌だ嫌だと言ってる人に、"嫌な"話ができるわけないでしょう。相談なんてできるわけがないよ。」
と言えば、
「それでもするのが親子じゃない!」
「自分でいっぱいいっぱいの人に頼れるわけない!」

ここまで言ってわかったみたいだった。

「他人と暮らすっていう新しい生活をするだけで少なからず不安はあるのに、その不安を助長するようなことばかり言わないで欲しい」
と、つい言ってしまったので、
「不安があるなんて大丈夫なの?二人ならやっていけるって思わないの?」
と言われた。
「結婚したい気持ちはすごくあるけど、今までやったこともないことをするんだから不安はあるに決まってる。やっていけてる人が居るんだから自分たちだってなんとかなるとも思うし、そういう気持ちが勝ったから決めたけど、二人ならやっていけるなんて夢見すぎだよ。二人以外の問題でもダメになる人がいっぱい居るのに、不安が無いなんて人いるの。信じられないね。」
と、勢いで言ってしまったら両親は当時不安はまるで無かったらしくこんなことを。
「私たちの頃はまわりに離婚した人そんなに居なかったし、(女性は寿退社するしかなかった会社だったし)社宅で将来のイメージもできたからかもしれないけど・・・。」
「私たちより色んなこと考えてるってことなのかなぁ。」




両親が心配することは、たしかに的を外れたことではないんだけど、私がとっくに悩んで問題無しの判断を下したことばかりだから、「この子のことだから色々考えつくした末の判断なんだろう」と前置きをしておいてなお問われるのが嫌だった。
生活圏外の相手で、両親と違って働きぶりを見ることができない相手で、親が不安なのはわかる。でも、顔見せをしたにも関わらず軽いつもりで「もっと良い人いないの?」などと言われたことで、こっちが気楽に彼の話ができなくなったとは思ってもいなかった親にもやっぱり腹が立つ。年齢や付き合いの年数で義務的に考えていないかをしつこく確認されたのも、思っていたほど理解されてなかったと感じた。


コミュニケーションはそこらの家族より多く取っていると自負していたけど、深い話はしてこなかったことを痛感した。



posted by ゆ at 23:36| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

母の勝手さ

彼は来ました。昼にきて、予定通り昼食をとって帰りました。

親の返事は、
「即この場で良いですよと返事をするわけにはいかない。」

カチンと来て、軽くバトった。
「了解ができないというなら、それは反対する気があるということだ。
 私の決めたことを尊重するというのとは矛盾している。」
とね。

親の言い分は
「いままで結婚を前提として付き合っているという話も聞いていないのに、昨日今日で了解できるわけがない。」
母は
「ここで手を打つわけにいかない。」
と言った。言葉を選び間違えたにしても、この表現は無い。
彼がその場でどう感じたかはわからないし、わざわざ蒸し返すこともできなかったが、この言葉に怒りがこみあげた。
(母の勝手さ(2)のやり取りの際に、「この場で喜んで拍手することはできない」のつもりだったとのことだが・・・言葉選びの最悪な間違い。)

何事も母は自分の好みを押し付けようという姿勢がある。
確かに、両親の想定内の行動しかしていなかった私が、
想定外の行動に出ようとしている時点で、動揺しているのはわかる。
でも、弟が就職でやっと反抗したように、私は意識的に両親の想定内を選択してきたのだ。
実家で暮らすということは、家の主である両親のルールに従うべきだと考えていたからでもある。
生活上は、どう考えても納得できないほどの理不尽なルールはなかったこともあるけれど。

母は、外面はいい。
けど、普段彼の話を持ち出した瞬間、(無意識だとしても)不機嫌な表情をすることに気づいていた私は、どんどん彼の話をしなくなっている。
「こういう話をした。」
「こんなことがあった。」
という些細な話でさえ言い出すのは憚れたし、母の好みは少し昔でいうところの"3高"なのも知ってる。嫌な顔されて、嫌な雰囲気になるのがわかってて口に出せるバカじゃない。
なんにでもケチ付けてくる母になんでも話すような子供じゃない。

だいたい5年付き合ってるのを知ってて、いつまでも"遊び"だと思ってるバカがいるのか?

そもそも、私のことを遊びで付き合う娘だと思っているのか?


両親の会話はこう。
父「こっちのニーズがわかっているから言い出しにくかったんだろう。」
母「ニーズがわかってるなら、そういう人を連れてくればいいのに!」

いままでも少し、昨日も「人柄はともかく、収入多い人がいいと言って歓迎していない」ことを本人に言うべきじゃないんだろうなと思いながら伝えてしまっている。
彼は不快だろうに、それを大分抑えて、さらに私を励ましてくれる。

「こっちの心の準備ができてないし、親として大事な娘を"はい、どうぞ"と即答はできないから、一両日待ってもらいたい。」
と父がまとめたので、彼は了承した。

今日も彼は前向きに「親離れ子離れができてないから素直にすぐには言えないだけだろう」と受け止めてくれてる。
自分の親には余計な心配をさせないように、うちの親の言い分を多くは語らずに。

そんな人に気持ちの上で負担をかけてる自分、自分の親が腹立たしい。
posted by ゆ at 18:57| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

嫌悪

今日は家に居たので、親と話しながらドライブ行こうと言われ館山まで行って、いい年こいて磯遊びしてきたんだけど、両親はふたりとも
「自分で決めたならいい。」
と言いながら、不満らしい。

自分で言うのもおこがましいが、
親にとっては"自慢の娘"なので、
『コヤツできる!!』と思うような男を連れて来て欲しかったらしい。
色々な面で。

学歴とか収入とか顔とか身長とか運動神経とか、まぁそういうところ。


わが親ながら、こんなことを言うところに酷くガッカリする。
それについては、最初紹介したときから同じ話をされ、
人柄で挽回すべく努力・・・はしてないな。イメージを悪くしないように、昨日書いたとおり一度たりとてグチを言ったことはいんだけど。

「家賃や相手の勤務地から検討して、向こうの実家方面に住むことになると思う。」
と、話したこともあって、やはり母は
「できれば家から1時間くらいのところで暮らして欲しかった。」
とか、のたまう。
両親は新婚当時、社宅があったから家賃の心配もしてないけど、父が転勤族でもあったので母の実家が近かったのは結婚から1年ちょっとの間。そのあとは約3時間かかる距離だった(当時の道路事情により)。
自分たちだってどうにもならないことと分かっているはずなのに、こういうことを言う。
(自分が気軽に子連れで実家にも行けず"大変だったから"だそう。)
あげく
「なんで都心に勤務してる人と出会わなかったのか。」
「なんでネットで友達(彼と共通の知人)ができちゃったの。」
とまで言われました。
車の中ではあまりの愚痴に、適当な返事も見つけられず私は途中から黙りました。
家に帰ってからも、母はまだまだ言い足りずエスカレートする始末。
さすがに腹立ってきて、私は
「嫌なの?!」
と言いました。でも、母はさらにこう言った。
「嫌だったらどうするの。関係ないんでしょ。」

あんまりじゃないかな、この人(母)。
いくらズバズバ物言うタイプだからって。
今まで言い出せなかったのがなぜか分かってないし。

「自分より知識豊富な人じゃないとダメなんじゃないの?」
(これは普段私が『知らないのは恥』と言い続けてるからだけど・・・)
「他の男の人が周りにいなかったわけじゃないんだし、色んな人を見てきて決めたんだろうけど。」
「いい相手を探すためなら、結婚は何歳でもいいんだから」
「このへんで手を打とうとか、妥協してはいないんだよね?」
「別れるようなことにならないように。といっても別れるつもりで結婚する人はいないけど。」
「成田から帰ってきて辞めるって話もあるくらいだから、いつでも取りやめられるけど?」
思い出すだけでもこれだけ。
両親そろって(後半は母だけど)、後から後から出てくる台詞はどれもこれも酷いもので。
これが結婚すると初めて言った娘への台詞か?
多少は覚悟してたものの、ここまで言われるとはさすがに思って無かったよ。


「週1でしか会ってないとはいえ、長年続いたんだからうまくやっていけるに違いない。」
「でも、週1でしか会ってないともいえる。知らない面を多いだろう。」
とか、夜も勝手に話し合ってたらしい。

付き合い始めた頃に、婚約まで泊まり不可と言われ、素直に誠実に守り通した私に対してなんだその意見は。むかっ(怒り)
と、こんなこと言ってたと聞いた私は思ったんだけど。


あんまり酷いので、夕食前には部屋に引きこもりました。
「親は反対しないけど、喜んではないからそのつもりで」
と伝えました。
私に言ったことからすると、反対って言ってるようなもんだけどな。
さすがに言われたこと全部は彼には言えませんから。


友人さんたち、すいません。ネタ重くて。
posted by ゆ at 23:59| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月17日

過去最大の難関

何年も乗り越えられずに放置していた壁がありました。

「結婚の挨拶に彼がきます」という親への報告。

今日、壁を乗り越えました。

マジよ。ダンスの真島先生じゃないのよ。




いままでは、彼の決意の甘さに便乗していました。私も決意はあまりできていなかった。
"類は友を呼ぶ"せいか、私の周りで結婚した友人はまだ少なく慌ててもいない。

さらに、親から一人立ちや結婚をせかされることもなく、だんだん自分がアダルトチルドレン化してるんじゃないかと思うほど、家族との距離は子供の頃と変わりなくて。

彼と付き合うまでも恋愛の話なんて親とはしないし、彼の話でさえ年に一度する程度。
6年付き合って、お互いの家族に顔を見せたのも2回ずつしかない。
実家は、隣の都道府県にしちゃ遠く時間がかかるうえ、うちは他人には堅苦しく感じるだろうし、2回目(一昨年)に彼の家に行った時はおばさんに「いつにする?」と言われたので決めなくちゃもう行けない的雰囲気を感じてそれ以来行っていない。

とにかく私にとって、自分の恋愛話と結婚話を親にすることは超非日常的会話なのですよ。
(結婚する報告が日常会話なのはそれはそれでマズイ。)

私が会社辞めて、私の通勤問題が無くなり、
家を彼の地元で探すことを拒否する理由も無くなり、
先月末に喧嘩して、
今月最初に彼は仕事でも使わないスーツを買って。
あとは私が3連休の予定を親に確認するだけとなっていました。
毎日言えずに、ここまできました。
カレンダーで父のゴルフ予定は確認していたので、敬老の日祖母に会いに行くかを確認したのは昨日。
でも、昨日の夕飯でその会話をした時もまだ言えず、"今日こそは"の決死の覚悟ですよ。

言うぞ言うぞ言うぞ・・・・って思うほど動悸が激しくなり、
今しかない今しかない・・・・って思いながら、母が今年初めて作った栗の渋皮煮をちびちび食べる箸を持つ手は落ち着き無く動き。
言い出す台詞のシュミレーションもかなりしたけど、
「月曜日、」
と言ってしまえば後には引けず、そしてなるようになる!!と覚悟をやっと決めて、

言えました。



「月曜日は予定ないしいいよ。話でもあるってこと?」と母。
「就職活動は無しか。」と父。
「今、将来のことを考えると長期や正社員での仕事探しもしずらいし・・・二人では決めてたけどそろそろ動き出そうと思う。」
と私は言いました。

その後も、平常心をなんとか取り戻すところまで、両親と話をしました。
「もう色々悩みもしたんだろうし自分で決断したなら。」と言ってくれました。(前もいつか言ってたけど。)

父は、とりあえず将来的な収入を心配していたけど、
母は、収入はあればそれなりに生活すればいい事と言い、
それよりも、自分が苦労した嫁姑問題を心配していて、
「自営業じゃないなら、最初から同居のほうが、後から同居になるより良いかもしれない」
と言っていた。

ええ?!そうかな?!

「心臓止まるかってほど緊張したよ・・・」
と言いながら早くも(?)、親のときはどう言ったのかと聞くと
「しょっちゅうウチ来てたからね〜。でもお父さんは"ください"なんて言わなかったんだよ。おじいちゃんが『どうするんだ?』って言ったらしいから。」
と母(当時22歳)。
「うん、まぁ。その話はいずれするから。」
と父は言ったけど。



非日常空間に踏み込んだ自分。
ああ〜〜これからどんなるんだ、私わ。
posted by ゆ at 21:25| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 親離れ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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